相模原プレイルーム/会員様のお便り
保護者会員 田中 恵美子 様 寄稿
幼小コピカ 田中 岳人 くん (七歳)
幼小コピカ 田中 里花 ちゃん (五歳)


長男岳人は幼いころから脱走名人でした。岳人の行くところ次々とお友達の泣き声があがり、最後には見事に脱走。児童館も、公園も、リトミックも幼稚園のクラス写真撮影も(岳人は写ることはできませんでした)。私は頭を下げて回りながら岳人の後を追いかける日々。親子共々疲れ果て、夕方暗くなり人気のなくなった公園で、心底ほっとして二人で遊び興じていました。
でも一度遊びに夢中になると素晴らしい集中力を見せ、お腹のすいたのもおトイレも忘れ、母の声も聞こえなくなり、ひたすら自分の世界で遊び続けます。そんな岳人にこれならばと思い、アトリエの体験を申し込んだのは、ようやく幼稚園の生活になれてきた頃のことでした。
しかし、この頃の岳人はまだ母と離れることが困難で、新しい場所にも過剰に拒否反応を示していたので、立松先生には大変ご迷惑をかけることになってしまいました。
ところが、それから半年ほどたったある日、岳人が突然「これを作ったところにもう一度行きたい」と、体験で作った球ころがしを指して言うのです。耳を疑いながらも私は嬉々として先生へ連絡をとりました。そしてアトリエをもう一度体験した岳人は興奮気味に「世界で一番楽しい場所」とアトリエを表現しました。「パパとママと一緒にお出かけするよりも楽しかったよ。」の言葉には、母はちょっと微妙な心境でしたが。
しかし、初めて岳人が自分からやりたいと言い出してくれたこと、そして心から楽しんでくれたことが嬉しくて、親子で嬉々としてアトリエに通うようになりました。
小学生になった岳人は周囲の予想を大いに裏切り、まじめな風紀委員のような子どもに変身しました。道路は白線の内側を歩き、守っていない友達には口うるさく注意するほどです。
しかし、その反動でしょうか。アトリエではさらにパワーアップして、ハチャメチャに振る舞うようになりました。先生もそんな岳人の様子を見守ってくださり、とことん好きにさせてくださいました。私もはしゃぐ岳人を見て、ホッとすることができました。学校では相当がんばっていることがわかっていましたので。
そしてその頃から、岳人の描く絵がとても穏やかなものにかわっていきました。優しい色を使い、たっぷり時間をかけて、マイペースで静かな静かな絵を描くのです。「岳ちゃんが本当は優しい子なんだっていうことがよくわかるね」と、先生はおっしゃいました。 ああ、やっぱりそうだったんだ…日頃、人当たりがゴツゴツしているので、なかなかわかりにくいのですが。
ある時、立松先生が岳人のことを表現してくださった言葉が忘れられません。
「岳ちゃんは自分をしっかり持っている。年上の子たちにこびたりもしないし、年下の子たちに威張ってみせたりもしない。誰に対しても全く同じで全く対等。だれかにいやな事を言われても、そんな言葉はニヤニヤしながら聞き流し、次の瞬間にはその子に対しても全く同じように話しかけている。こんな息子をもって、もっと自慢に思ってもいいよ」 私はそれまで、先生がおっしゃる通りの岳人を見ながら「全く空気が読めない。人の気持ちがわからない子だ。大丈夫なのだろうか?」と思い悩み、長所だとおもったことなど一度もなかったのです。
しかし、先生の言葉を聞いているうちに、たしかにそれは素晴らしい資質のように思えてきました。母親である私はつい、日々の岳人の表面的な行動を目で追って、あれやこれやと心配ばかりしてしまいます。しかし先生は、その奥にある岳人の本質的にまっすぐな部分に着目して、大いに評価してくださいました。私自身の背筋が伸びる思いがしました。
さて、いつも兄の送迎にお付き合いしていた、けなげな妹の里花も、年中から兄のクラスに仲間入りを果たしました。しかし、兄とは全くタイプが違い、周囲をよく見て、大人の顔色もみて、けなげに期待に応えようとする里花にとって、アトリエは難しいところに思えたようです。クラスで一番おちびさんなので「お兄ちゃんたちのように、私はできない」ことが、プレッシャーなのでした。
いつも本当のことを言ってくださる立松先生からも最初のころは「里ちゃんは今日も偉かったよ」「今日もがんばっていたよ」というコメントをいただいていました。
がんばりやさんで偉いなー。でも里花が楽しんでくれるだけで、ママはとっても嬉しいんだよ。それに里花が作った作品、ママはだーい好きと、さりげなく、でも繰り返し伝えていきました。
心配したのもつかの間、あっという間に里花の呪縛は取り除かれました。通い続けるうちにアトリエの楽しさに夢中になり、それが「わたしだって、上手」という自信にもつながってきたようです。兄に負けないくらいのはじけっぷりを見せるようになりました。
里花の描く絵は兄とはまるで反対です。自由で鮮やかで、のびのびとした絵を描くのです。二人の絵を並べると、日頃の行動からすると二人は入れ替わったかのようにも見えるのも面白いところです。でも、その絵に表れたものも、また二人の真実。だから子どもたちの絵は私にとって、かけがえのない愛おしいものとなります。
私がひとつ、得意としていることがあります。それは、お迎えに行った時に、自分の子どもの作品がどれであるか当てることです。たいてい子ども達は自分の作品のそばにいる、という大きなヒントに助けられてはおりますが。でも作り終わった子ども達が夢中で遊んでいても、知恵のついた息子がわざと友達の作品のそばにいても、なんとかはずしたことはありません。
「私の(僕の)どれだと思う?」とたずねてくる可愛らしい笑顔、言い当てた時にはじける喜びの顔、つい私もつられて誇らし気に振る舞ってしまいます。このキラキラした時間を、私達親子はきっと一生わすれないだろうと思います。
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